人間科学としての地球環境学
人とつながる自然・自然とつながる人
編者挨拶
「序」から抜粋 立本成文
21世紀初頭、2001年4月に、大学共同利用機関として総合地球環境学研究所(地球研)は京都に産声をあげた。人間と自然の相互作用環、つながりを解明して地球環境問題の解決に資することをミッションとして謳っている。最初の6年間は動物行動学者の日髙敏隆博士を所長として自由な気風のもとで研究所のかたちをつくった。その後6年間を私が、「人間科学としての総合地球環境学」構想のもと、領域プログラムの編成と未来設計イニシアティブを導入して研究組織を充実させる役目を担った。次には大気や気候など地球学、地球環境学研究者である安成哲三博士が、地球研プロジェクトのグローバル化と地球環境研究の超学際化を目指して研究所の舵取りをする。
本書は、舵手交代の12年目の節目を記念して、地球研の根本ミッションを考えなおすために編まれた。それはとりもなおさず、総合地球環境学の基本的な枠組みを示すことでもある。もとより、この枠組みは数ある試みのなかのささやかな試論であることは認めざるを得ない。試論が常に必要なのは、総合地球環境学の性(さが)でもある。総合地球環境学というのは、人間が存続するかぎり考え続けなければならない問題群に対処する、終点のない営みであるからである。
人間が生存するかぎり、環境の設計は常に再考していかねばならない。そのときに、こうあるべきだというユートピアを目指すことはあっても、未来にそれが実現されることは難しいことも確認しておかねばならない。むしろ、人間は根をもつことを工夫し、それを自分で壊し、あるいは外的に壊されて、また新たな根をつくっていく、そのような創造的主体であると考えるほうが現実的である。変革、創造をなくした人間は、生物と同じく地球の物理的な循環に身を任さざるをえないからである。
総合地球環境学というのは、地球学、環境学、人間学を総合して、人類全体が、そして一人ひとりの人間が「良く生きる」ことに収斂していくことを目的としている。本書を手がかりとして、読者自身がより深く環境を考えることによって、良く生きる糧を得られることを願っている。
執筆者紹介 ※2013年3月現在
立本成文 たちもと・なりふみ
1940年生まれ。総合地球環境学研究所長。1967年京都大学大学院文学研究科社会学専攻修士課程修了。1974年シカゴ大学博士号(人類学)を取得。京都大学東南アジア研究センター教授、同所長、中部大学国際関係学部学部長・教授、同大学院国際人間学研究科研究科長・教授などを経て2007年から現職。京都大学名誉教授。2003年、紫綬褒章受賞。
主な著書に『東南アジアの組織原理』(勁草書房、1989年)、『地域研究の問題と方法──社会文化生態力学の試み』(増補改訂)(京都大学学術出版会、1999年)、『家族圏と地域研究』(京都大学学術出版会、2000年)、『共生のシステムを求めて──ヌサンタラ世界からの提言』(弘文堂、2001年)など。
鞍田 崇 くらた・たかし
1970年生まれ。総合地球環境学研究所特任准教授。1997 年京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。2001年京都大学博士号(人間・環境学)を取得。総合地球環境学研究所研究部プロジェクト研究員、同上級研究員などを経て現職。
主な編著に『焼畑の環境学──いま焼畑とは』(佐藤洋一郎監修、原田信男・鞍田崇編、思文閣出版、2011年)、『〈民藝〉のレッスン──つたなさの技法』(鞍田崇+編集部編、フィルムアート社、2012年)など。
阿部健一 あべ・けんいち
1958年生まれ。総合地球環境学研究所教授。1987年京都大学大学院農学研究科熱帯農学専攻修士課程修了。京都大学東南アジア研究センター助手、国立民族学博物館地域研究企画交流センター助教授、京都大学地域研究統合情報センター助教授を経て現職。
主な編著に『ラオスを知るための60章』(阿部健一・菊池陽子・鈴木玲子編、明石書店、2010年)、『生物多様性──子どもたちにどう伝えるか』(昭和堂、2012年)など。
オギュスタン・ベルク Augustin Berque
1942年生まれ。フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)教授。1969年パリ大学地理学第三課程博士号を取得。1977年パリ大学文学博士号(国家博士号)を取得。東北大学理学部(地理学)客員研究員、北海道大学講師、東京日仏会館フランス学長、宮城大学客員教授などを経て現職。2009年、第20回福岡アジア文化賞大賞受賞。2012年、第2回人間文化研究機構日本研究功労賞受賞。
主な著書に『空間の日本文化』(宮原信訳、筑摩書房、1985年)、『風土の日本──自然と文化の通態』(篠田勝英訳、筑摩書房、1988年)、『風土学序説──文化をふたたび自然に、自然をふたたび文化に』(中山元訳、筑摩書房、2002年)、『風景という知──近代のパラダイムを超えて』(木岡伸夫訳、世界思想社、2011年)ほか多数。
半藤逸樹 はんどう・いつき
1974年生まれ。総合地球環境学研究所特任准教授。2000年University of East Anglia大学院環境科学研究科博士課程修了。2002年に同大学でPh.D.(環境科学)を取得。University of Sheffield応用数学科/地球観測科学センター研究員、総合地球環境学研究所研究部プロジェクト上級研究員、愛媛大学沿岸環境科学研究センター助教などを経て現職。
主な論文に「On the timescales of sustainability and futurability」(共著、Futures, Vol. 42, No. 7, pp. 743-748, 2010)、論考に「レジリアンス概念論」(共著、香坂玲編『地域のレジリアンス──大災害の記憶に学ぶ』清水弘文堂書房、51-74ページ、2012 年)など、地球システム科学・環境数理解析学分野で多数。
大西健夫 おおにし・たけお
1972年生まれ。岐阜大学応用生物科学部准教授。1998年京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻修士課程修了、2004 年京都大学博士号(農学)取得。総合地球環境学研究所プロジェクト上級研究員などを経て現職。
主な著作に“The dilemma of boundaries in environmental science and policy: Moving beyond the traditional watershed concept.” In: Dilemma of boundaries(共著,Taniguchi, M. and Shiraiwa, T. eds., Springer Verlag, Japan, pp. 249-256, ISBN-13: 978-4431540342, 2012)、論文に「Mechanism for the Production of Dissolved Iron in the Amur River Basin ── a modeling study of the Naoli River of the Sanjiang Plain. From Headwaters to the Ocean」(共著、Hydrological Change and Watershed Management, pp.355-360, 2009)など。
目次
序
第一章
環境問題と主体性
はじめに──「人はなぜ花を愛でるのか」/
「花坊主」──中川幸夫の死/
カウンターとトレンド──時代とエコロジーの世代論的性格づけ/
ノーマル──エコロジー第三世代
第二章
価値を問う──「関係価値」試論
科学あるいはディシプリンの再編について/
ポスト・ノーマル・サイエンス──価値判断の時代/
新たな価値を探す/試論としての関係価値/森林の関係価値/
関係価値を展開する
第三章
風土とレンマの論理
風土論の起源/風土と環境の区別/風土性と通態化/ロゴスとレンマ/
結論──風土の論理はレンマの論理である
第四章
地域と地球
地球は一つ/地域研究
第五章
地球環境問題と地域圏
環境──人にとっての世界/環境問題──つながりが導く解決/
地域圏──社会文化生態力学/
バラバラでいっしょ──トランスディシプリナリティへ
第六章
東アジア圏論の構図
フレーミング/東南アジアからの視座/
東南アジアの合従と東アジアの連衡/東アジア圏の未来
第七章
海洋アジア文明交流圏
マラカ海峡とコミュニタス/マカッサル海峡と固執する文化/
文明交流圏/結/附論 シノプシス
第八章
統合知(方法論)
知の統合/統合知の演出──統合知エミュレーターの構想/
認識科学的統合と設計科学的統合/
総合地球環境学研究所(地球研)における知の統合/
総合地球環境学の世界樹
第九章
地球システムと未来可能性
人間圏の存在/持続可能性とレジリアンス論/未来可能性/未来設計