改訂 水中音響学
- Robert J. Urick 著
- 翻訳 三好章夫
- 監修 新家富雄
- 発行 京都通信社
- 装丁 納富進
- B5判 248ページ
- 定価 6,000円+税
- 国内の送料は無料です
監修者まえがき
改訂版の出版にあたって
──平成25年1月 新家富雄
本書は、水中音響学の入門書として多くの方々に受け入れられた「水中音響学」の改訂版である。前書(第2版)の完売後、本書の出版まで2年近くの歳月が流れた。時間が経過した理由は、前書を再検討して学術書としてより洗練したいとの思いがあったからである。そんな思いに応えて、小生の博士論文の指導教員である斎藤繁実先生(東海大学海洋学部)には校正を申し出て頂いた。不肖の弟子を見るに見かねて、手を差し伸べられたのだと思う。したがって、本書の監修者は斎藤先生と記載することが正しい。斎藤先生には心よりお礼を申し上げる次第である。本書が多くの読者の目にとまり、水中音響技術の新たな研究者・技術者が生まれるきっかけになると信じて止まない。
2012年春、水中音響技術の新たな可能性を模索すべく、株式会社アクアサウンドを立ち上げた。京都大学内に研究センターを構えたのは、荒井修亮京都大学大学院准教授の勧めがあったからである。荒井先生と監修者は、約10年にわたって「鳴音を用いたジュゴン調査手法」の研究開発に携わった縁である。停滞していた出版の背中を押してくれた荒井先生にお礼を申し上げる。
水中音響機器は人の縁など入る余地のない工学理論を用いて開発されるが、その学術書である本書は多くの縁がなければ出版できなかったことを考えると感慨深い。その縁ある方の全員の名前は書き上げられないが、この場をお借りして感謝を申し上げる。
最後に、出版を温かく見守って頂いた株式会社アクアサウンドの笹倉豊喜会長、遠藤保彦社長、社員各位に感謝の意を表す次第である。
監修者まえがき
──平成19年12月 新家富雄
本書は1978年に共立出版株式会社から出版された「水中音響の原理」の新版となる。前書は、大学時代の指導教員であった土屋明先生が訳された本であり、監修者の西村実先生(故人)は私の大先生にあたる。
“Principles of Underwater Sound ”第3版の翻訳は、両先生の「水中音響の原理」を継承することになり、不肖の弟子には少々荷が重いとは感じたが敢えて取り組むことにした。
「水中音響の原理」が出版されてからすでに30年近くを経ているが、その間、水中音響工学に関する書籍が多数出版され、またインターネットにより水中音響学に関する情報を収集することも容易になった。これらは私の浅学を埋めてくれことに大いに役立った。とくに、海洋音響学会が編集した「海洋音響の基礎と応用」(2004年、成山堂)、「海洋音響用語辞典」(1999年、海洋音響学会)は、作業時に手放すことのできない参考書であり、本書中の専門用語はこれらの文献に準じた。これらの文献や情報などでも埋まらない部分については、株式会社システムインテックの江本博俊氏にアドバイスを頂いた。また、その都度いろいろな方々にご教示いただいた。お名前は省かせて頂くが、これらの方々に厚く御礼申し上げる。
翻訳作業が最終段階に入った頃、私は下関在住の三好氏の自宅を訪ねた。三好氏は、自宅近くの功山寺(毛利家支藩の菩提寺、高杉晋作の決起場所として有名)に私を案内し、境内にある萬骨塔の碑文(桂彌一建立)の前で本書の出版に対する想いを明かしてくれた。
萬骨塔ハ……中略……時代ノ達識學界ノ英俊技能ノ偉才發明ノ奇傑産業ノ先覺等ニシテ功成レトモ名伴ハス寂然トシテ世ヲサリタル八方無名ノ士ヲ追慕敬仰スル念茲ニ此塔ヲ成ス一將功成リ萬骨枯ル……
「私もこの無名ノ士の一人ですが、後進の技術者のために何か残したいのです」。この言葉を聞いて、私は素晴らしい先輩技術者と出会ったことに感謝し、熱心に共訳作業を誘われた理由と次世代に渡すバトンを託されたことを悟った。今後、三好氏の志を引き継ぎ、本書を将来にわたって拡充させていきたいと思う。
最後に、本書の出版を楽しみにされながら早逝された中西俊之先生のご冥福をお祈りします。
日本の水中音響学の未来を託す
推薦のことば
──神奈川大学工学部教授 海洋音響学会会長 遠藤信行
近年の海洋音響技術の発展はめざましく、海底、地層の探査、海洋調査、水産、生物音響などの分野で多くの成果をあげている。わが国は資源の乏しい島嶼国ではあるが、幸い200 海里領域である排他的経済水域は国土面積の約10 倍(世界第6 位)に達し、広大な未知の世界が拡がっている。将来、この海洋を拓きそこから大きな恵みを得ることができる。また水の惑星といわれている地球は海洋に膨大な熱量を蓄え、気候変動のメカニズムを支配している。この海洋を知るためには水中音響技術はなくてはならぬ道具である。
そこで水中音響技術の分野で世界を眺めると、今も昔も米国の研究レベルの高さと研究者・技術者の数の多さが際立っている。さらに近年、水中音響技術レベルの向上を目指して、ヨーロッパ諸国がEU としてまとまって研究・技術交流を密にしていることは、技術国日本としても大いに気になることである。たとえば学術研究発表会でも、各国間の距離の近さを生かして、年に何回かの国際会議が開催されている。このような時代においては、日本の水中音響技術を更にいっそう発展させることと、水中音響技術にかかわる若い研究者・技術者を育成することが日本の存亡にもかかわるといっても過言ではないと考える。
しかしながら学際的な学問分野である水中音響工学に関しては一般にはなじみが薄く、学生諸君や海洋関連の仕事に携わっている若い技術者に、取り組みやすい教科書的な参考書が少ないのが実情である。本書は米国の水中音響の第一人者であったR. J. Urick が1967 年にそれまでの研究成果を集大成し、実務的入門書として世に出したものであるが、その後改訂が加えられ1983 年の第3 版まで発行されている。このたびその邦訳本が装いもあらたに出版されることは学生や若い技術者に格好の入門書となるであろう。
監修者のことばにもあるように、今後この内容が補遺などの形をとりながら最新の知見を織り込み大きく育っていくことを願う。
著者まえがき
初版の序
──R. J. ユーリック
科学と工学の学際的特殊な分野である水中音響学は、2回の世界大戦中に活躍した。その発端はそうとう古いが、水中音響学が定量的に取り扱われるようになってから、わずか四半世紀しか経過していない。第二次世界大戦中に定量的研究が厳密かつ精力的に実施され、新しい水中音響学が始まった。その後この分野はいちおう集大成され、人類のたゆみない海洋調査ならびに海洋開発に適用実施され発展してきた。
本書は技術者ならびに実践的科学者の視点から水中音響学の原理をまとめたものである。一方には理論をそして他方にはソーナー工学を位置づけ、そのちょうど中間に焦点を絞り、水中音響学の原理、効果ならびに現象を要約して記述した。さらに、可能であれば実際的な問題を解くための数値データを掲載した。
本書ではソーナー方程式を中心に記述し、水中音響学に必要なすべての要素とともにその相互関係を簡潔に整理して示した。序章に引き続き、ごく簡単なソーナー方程式について解説し、さらにそれに続く各章で、方程式中の各項について順次述べていく。最終章では、問題解法について具体的に述べる。すなわち、多くの実際的な問題からとった例題にしたがってソーナー方程式の使い方を説明する。
限られた紙面では水中音響学のいくつかの分野について割愛せざるをえなかった。そのひとつはエネルギー変換器──電気から音響への変換、またはその逆──である。変換器アレイについては言及したが、音源は水中爆発音源のみ任意長について取り扱っている。音波発生および受波用電気音響変換器の設計を取り扱うことは、それ自体1冊の本に値する工学的ならびに理論的背景をともなう真の技術である。さらに水中音響学の基礎理論の多くは参考文献にゆだね、かつソーナーのハードウェアに関する技術問題はすべて割愛した。したがって本書は、理論家ならびにハードウェア技術者に直接役に立つところは少ないと思われるが、その中間領域を幅広く網羅し設計技術者と実践的物理学者の両者に興味がもてるように心がけた。本書の草稿はCatholic大学、Westinghouse Electric社、Martin社における数年間の講義録にもとづいている。
本書を著すにあたり、海軍防衛研究所(NOR)の同僚たちによる熱心な討論と有益な批評に負うところが大である。とくに音響部門の責任者であったT. F.Johnston氏には、本書の長期にわたる困難な執筆作業中に、変わらざる激励と援助をいただいた。また、私の教え子たちは講義が新奇なものであっても、寛容と批評をもって私を支えてくれた。
第3版へのまえがき
──R. J. ユーリック
第3版の目的は第2版と同様、近年明らかになった新しい考え方、事実そして概念を提供することにある。同時にいくつかの古いが有益な資料については教科書として適していると考え追記している。
メートル法の採用については、いろいろ検討がなされた。最近科学者や技術者はメートル単位を国際的に使用しているが、オペレーションアナリストやソーナー機器のユーザは距離の単位としてメートル(m)よりヤード(yd)にむしろ固執して、メートル単位を使っていない。これは変化に対する自然な人間としての抵抗からではなく、現存する機器の距離尺度やマニュアルがヤードとマイル(mi)で較正されているからである。実際の仕事におけるヤードの奇妙な利点は、1miは2キロヤード(正確には2.025)と同等としても誤差はわずかということである。しかし、キロメートル(km)単位では取り扱いづらく、半端な数(1.853)となる。距離の単位としてヤードを使っているが、ソーナーパラメータのメートル単位への変換の節を設けている。
本著の基本的な構成に変化はない。すなわち導入部の章の後でソーナー方程式を紹介し、さらに最後に、実際のソーナーの問題解法でそれらの使い方を説明するため、それぞれの章で背後に隠れている多くの複雑な現象を説明している。
目次
第1章
ソーナーの特徴
- 1.1 歴史的概観
- 1.2 戦後の発達
- 1.3 水中音響の民生利用
- 1.4 水中音響の軍事利用
- 1.5 基本概念
- 1.6 マイクロパスカル単位とデシベル──新しい音圧基準
第2章
ソーナー方程式
- 2.1 基本的な考え方
- 2.2 アクティブおよびパッシブ方程式
- 2.3 パラメータの組み合せと名称
- 2.4 メートル単位のパラメータ
- 2.5 距離を関数としたエコー、雑音および残響レベル
- 2.6 ソーナー方程式の過渡形
- 2.7 方程式の要約
- 2.8 ソーナー方程式の限界
第3章
送受波器アレイの特性 指向性利
- 3.1 アレイゲイン
- 3.2 音場のコヒーレンス計測
- 3.3 受波指向性利得
- 3.4 指向性利得の限界
- 3.5 送受波器レスポンス
- 3.6 較正法
- 3.7 相互較正法
- 3.8 巨大アレイの較正
- 3.9 ビームパターン
- 3.10 積定理とミルズクロス
- 3.11 シェーディングおよび超指向性
- 3.12 適応ビームフォーミング
- 3.13 乗算アレイ
第4章
水中における音波の発生 送波音源レベル
- 4.1 送波レベルと放射音響出力
- 4.2 ソーナーの出力限界
- 4.3 ソーナーの非線形効果
- 4.4 水中爆発音源
第5章
海洋における音波伝搬 伝搬損失Ⅰ
- 5.1 まえがき
- 5.2 拡散則
- 5.3 海中の音波吸収
- 5.4 海水中の音速
- 5.5 海水中の音速構造
- 5.6 伝搬理論と音線追跡
- 5.7 海 面
- 5.8 海 底
第6章
海洋における音波伝搬 伝搬損失Ⅱ
- 6.1 混合層サウンドチャネル
- 6.2 深海サウンドチャネル
- 6.3 焦線および収束帯
- 6.4 中間層サウンドチャネル
- 6.5 北極海域における音波伝搬
- 6.6 浅海チャネル
- 6.7 伝搬音波のゆらぎ
- 6.8 水平変化
- 6.9 伝搬音のコヒーレンス
- 6.10 海中の多重経路
- 6.11 深海音路と損失:要約
第7章
海洋における背景雑音 周囲雑音レベル
- 7.1 深海の周囲雑音源
- 7.2 深海での雑音スペクトル
- 7.3 浅海の周囲雑音
- 7.4 周囲雑音の変動性
- 7.5 間欠性雑音源
- 7.6 深度の影響
- 7.7 振幅の分布
- 7.8 氷で覆われた海中の雑音
- 7.9 深海周囲雑音の方向性
- 7.10 周囲雑音の空間的コヒーレンス
- 7.11 まとめ
第8章
海洋における散乱 残響レベル
- 8.1 残響の形態
- 8.2 散乱強度パラメータ
- 8.3 等価平面波の残響レベル
- 8.4 体積残響理論
- 8.5 表面残響理論
- 8.6 ターゲットストレングスと散乱強度
- 8.7 体積散乱体の層による表面散乱
- 8.8 短い過渡音に対する残響レベル
- 8.9 水中気泡
- 8.10 体積残響:深海散乱層
- 8.11 海面残響
- 8.12 海面散乱理論と要因
- 8.13 海底残響
- 8.14 海氷下の残響
- 8.15 浅海残響
- 8.16 残響の特性
- 8.17 残響予測
第9章
ソーナーターゲットによる反射と散乱 ターゲットストレングス
- 9.1 後方散乱の総和としてのエコー
- 9.2 鏡面反射の幾何学
- 9.3 小球のターゲットストレングス
- 9.4 表面のなめらかな大きな固体球の複雑性
- 9.5 簡単な形状のターゲットストレングス
- 9.6 送受波を分離した ターゲットストレングス
- 9.7 ターゲットストレングスの測定法
- 9.8 潜水艦のターゲットストレングス
- 9.9 船舶のターゲットストレングス
- 9.10 機雷のターゲットストレングス
- 9.11 魚雷のターゲットストレングス
- 9.12 魚のターゲットストレングス
- 9.13 小さな生物のターゲットストレングス
- 9.14 エコーの形成過程
- 9.15 ターゲットストレングスの低減
- 9.16 エコーの特性
- 9.17 数値例
第10章
船舶、潜水艦および魚雷の放射雑音 放射雑音レベル
- 10.1 音源レベルと雑音スペクトル
- 10.2 測定法
- 10.3 放射雑音源
- 10.4 放射雑音源の要約
- 10.5 全放射音響出力
- 10.6 放射雑音レベル
- 10.7 注意事項
第11章
水上艦船、潜水艦および魚雷の自己雑音 自己雑音レベル
- 11.1 自己雑音測定と補正
- 11.2 自己雑音の音源とその経路
- 11.3 フローノイズ
- 11.4 フローノイズの低減
- 11.5 ドーム
- 11.6 ケーブル懸垂型ハイドロホンと海底設置型ハイドロホン
- 11.7 曳航式ソーナーの自己雑音
- 11.8 自己雑音レベル
第12章
雑音ならびに残響中の信号検出 検出閾値
- 12.1 検出閾値の定義
- 12.2 閾値の概念
- 12.3 検出に対する入力の信号対雑音比
- 12.4 ROC曲線への変形
- 12.5 検出閾値の推定
- 12.6 信号の長さと帯域幅の影響
- 12.7 計算例
- 12.8 残響の検出閾値
- 12.9 まとめの表
- 12.10 聴覚による探知
第13章
ソーナーシステムの設計と予測
- 13.1 ソーナーの設計
- 13.2 ソーナーの性能予測
- 13.3 ソーナーの最適周波数
- 13.4 ソーナー方程式の適用
- 13.5 まとめ