WAKUWAKUときめきサイエンスシリーズ2
景観の生態史観 攪乱が再生する豊かな大地
内容紹介
総体として自然をとらえる景観生態学のまなざしに学ぶ
科学も技術も経済も発展しているのに、なぜ生物多様性の危機を救えないのか。
本書はその課題を克服する鍵を二つ意図しています。一つは、「景観」と「生態」を身近なレベルから地球レベルまで、人間の営みとともに統合すること。もう一つは、大学院レベルの専門的な人だけでなく、これから社会のさまざまな分野でこんご活躍する高校生に「景観生態学」の見方を身につけてもらうことです。
概念と具体事例をつなぐために、図表写真を多用し一般の読者にもわかりやすい内容になっています。この分野に興味をもってもらうためのコラム記事もたくさん用意いたしました。
人間が生活するうえで避けられない開発と、生活の基盤でもある生物多様性の保全・再生のトレードオフに、どう折り合いをつけるのか。この『景観の生態史観』でその手掛かりとなる原理を探り、多岐にわたる現場での解を考えるのに役だてていただきたく思います。
第1章
日本の自然はモザイク模様
総論:攪乱と再生という景観生態学の見方の紹介
第2章
ほどほどに「乱される」ことでつながる命
基盤条件としての攪乱:生息環境の多様性が、生物多様性の基盤
第3章
「災い」を「恵み」にかえる賢い適応
自然攪乱への文化的適応:結果としての美しい里地里山と生物多様性
第4章
都市化の影響と最適化のバランス
人為攪乱の最適化:都市化の生物多様性に及ぼす影響を中心に
第5章
「生きもの目線」の自然再生
都市での自然再生:その可能性と限界
第6章
震災復興 生態学からのアプローチ
震災復興:震災の景観生態学的見方と復興の方向性
コラム
生物多様性ってなに?──調査手法と評価方法
この分野に興味をもってもらうために景観生態学のキーワードなどのコラム記事もちりばめました。体系的ではない代わりに、それぞれ独立して充実した内容なので、気がむいたところから読むこともできます。
推薦のことば
飯田義彦(京都大学大学院人間・環境学研究科相関環境学専攻)
もし、身近な自然や生きものを世界の人たちにアピールするなら、みなさんはどうしますか。
そもそも、なにに注目したらいいの?
おもしろいことってなんだろう? どう伝える?
本書の最大の魅力は、そんな疑問に真正面に取り組んできた事例が凝縮されていること。そして、本書を片手に水田や河川、公園や森などを実際に歩いてみると、本にも書かれていない新しい発見が出迎えてくれるはず。
世界の人たちと一緒に「ランドスケープ」を語る、そんな夢を抱きつつ歩こう!
今西純一(京都大学大学院地球環境学堂地球親和技術学廊)
本書には、私たちが自然の営みを尊重して生きるためのヒントがたくさん詰まっています。キーワードは「攪乱」。森本幸裕先生が京都大学に在職されておられた頃に、よく話された言葉でもあります。
自然とともに生きるためには、自然の「営み」を理解することが大切だと、本書は語りかけています。本書は、多様な題材で、楽しく読み進めることができるように書かれていますので、生物多様性保全の入門書、副読本として最適です。
さあ、みなさんも自然を観察する新しいまなざしをたずさえて、景観生態学の世界に出かけてみませんか?
夏原由博(名古屋大学大学院環境学研究科)
景観は、動かない模様(パターン)ではない。個々の生態系の間を生物や物やエネルギーが移動することが重要であり、景観そのものも時間とともにうつろうものだということを、本書から読み取っていただけたらうれしい。
本書は、そんな景観との賢いつきあいかたはなんなのか、森本先生と一緒に取り組んできた研究の中間報告である。
橋本啓史(名城大学農学部生物環境科学科)
本書は森本先生が関わってきたうちの景観生態学分野に限った研究を紹介しているが、それでも幅広い対象にさまざまなアプローチで取り組んできたことに驚かれるだろう。
これは、先生が新しい技術をいち早く取り入れてきたことと、さまざまな得意分野をもって集まってきた学生を受け入れてきたことによる。ゼミではおのずと幅広い話題が提供され、さまざまなものの見方を知ることができた。
本書を通じてその体験の一部でも共有していただけたらと思う。最後に、我々の研究を(本書を含め)さまざまな機会に宣伝してくださった森本先生に感謝!
村上健太郎(名古屋産業大学環境情報ビジネス学部)
森本幸裕先生が編集されたこの本は、3種類の多様性がぎっしり詰まった本ではないかと思っています。
一つ目の多様性は、この本で取り扱われた生物の多様性。2つ目は、路傍、日本庭園、都市の森林、社寺林、ビオトープから、湿地、アラル海まで、本書で扱われた緑、生物の生息場所の多様性。そして、三つ目が、森本先生を取り巻く、個性の強い研究者たちの多様性。
本書を通して、これらの多様性を楽しんでいただければと思います。
森本幸裕(京都大学名誉教授)
学生の頃の、京都の北、芦生の森と渓谷のあまりにも美しい「景観」体験が、都会っ子だった私の人生を変えた。以来、美しい景観の論理を探り、その保全再生を生涯のテーマとしようと思った。
生物多様性の危機がティッピングポイントを超えたと言われるなか、とくに大阪府立大学と京都大学で苦楽を共にした若い方々とともに我々の考えをまとめ、望みを将来につなげることができるのは嬉しい。
多くの若者に読んでいただきたい。
編者紹介
森本幸裕
京都大学名誉教授、京都大学農学博士/京都学園大学バイオ環境学部 教授
1948年、大阪府に生まれる。京都大学大学院農学博士課程修了。京都芸術短期大学、京都造形芸術大学、大阪府立大学、京都大大学院教授をへて、2012年から現職。専門は緑地学、景観生態学。日本造園学会関西支部長、日本緑化工学会会長、日本景観生態学会会長を歴任し、現在は、ICLEE(国際景観生態工学連合)会長、中央環境審議会、文化審議会、京都市美観風致審議会などで委員などを務める。
研究テーマ:美しい景観の生態学的な原理の探求、自然環境の保全と再生の技術とデザイン、都市の生物多様性指標の開発
著作・論文ほか:森本幸裕・亀山章編著. 2001. ミティゲーション──自然環境の保全・復元技術. ソフトサイエンス社./森本幸裕・夏原由博編著. 2005. いのちの森──生物親和都市の理論と実践. 京都大学学術出版会./森本幸裕・竹内敬二責任編集. 2010.森林環境2010 : 生物多様性COP10へ.森林文化協会./森本幸裕.2011.里山の概念と意義.環境技術 40(8): 456-462.
編者挨拶
はじめに 森本幸裕(京都大学名誉教授)
「景観」も「生態」も近頃、流行している。
まず、「景観」の方だが、京都市では新・景観条例ができたし、優れた文化的な景観も世界遺産にも登録されるようになって、伝統的な美しい景観の継承が図られるようになってきた。一方「生態」の方も、地球環境と生物多様性の危機が知れわたるようになって、生物の絶滅をなんとかしなければとの理解もずいぶん進んできたのは嬉しい。生物共生の世界を目指すことは、国際条約や国の基本法でも定められるようになったのである。
とはいっても、美しい景観や生物多様性を守る動きはまだほんのささやかなものだ。だから、子供や孫の世代のアカトンボよりも、ついつい目先の利便性を優先しがちな現実の地球社会では、生物多様性の損失の程度が、もう地球の安全運転の限界を超えたともいわれる。人類の科学も技術も経済も年々「発展」しているはずなのに、なぜ生物多様性の危機は深化するばかりなのだろうか。
考えてみると、守るのが人間なら壊すのも人間。それが別の人間だから問題が深刻になる。なら統合すればいいのだが、学術の世界も実業の世界と同様に、「選択と集中」で論文を稼ぐのが出世に効果的であることが足かせだ。そこで、本書はそうした課題を克服する鍵をふたつ意図している。
ひとつは、「景観」と「生態」を身近なレベルから地球レベルまで、人間の営みとともに統合すること。国交省と農水省と環境省を文化庁が統合するようなものとでもいおうか。カエルの生態の専門家でありながら水文学や農村計画や環境経済学の専門家であることは難しいが、これを総体として取り組もうというのが「景観生態学」の醍醐味である。私の研究室に来た若者らが、多様な興味と特技をもって、こうした研究に一緒に取り組んでくれた。本書の分担執筆はもちろん、編集にも参加してくれた。
もうひとつは、既に縦割り行政や分化した専門学術に入り込みかけている大学院レベルの人だけでなく、いやむしろ社会の様々な分野で今後活躍する高校生に「景観生態学」の見方を身につけてもらうことだ。
その見方とは、「景観」も「生態」もエネルギーや物質の流れや攪乱、つまりプロセスがあることが生きている証拠であること。すばらしい景観も、絶滅危惧種も単に立ち入り禁止で「保護」することでは守れないということだ。洪水や山火事などの攪乱は、短期的に見ると災いであっても、もうひとつ大きなレベルの空間と時間のスケールから見ると、次世代の再生を促す活力でもあるわけだ。
この攪乱には、自然に発生するものもあるし、庭園の剪定や農耕は人為的な攪乱と捉えることができる。景観はそうした大陸移動のような超長期の大きな動きから、日々の気象やチョウの羽ばたきのような小さな動きまでが重層的に折り重なって形成されていると見ることができる。やや大げさな書名『景観の生態史観』に込めた意味はそのようなところにある。
このような見方でもって、都市、農山村、さらに海外のフィールドで、私の研究室に来た若者らと共同研究を展開した成果が本書である。人間が生活するうえで避けられない開発と、生活の基盤でもある生物多様性の保全・再生のトレードオフに、どう折り合いをつけるのか。『景観の生態史観』でその手掛かりとなる原理を探り、多岐にわたる現場での解を考えるのに役だててほしい。
目次
第1章
日本の自然はモザイク模様
- 1-01 攪乱プロセスが生みだすハビタットの多様性と資源
- 1-02 千年の都の攪乱と再生の景観生態学
- 1-03 温暖化したら、植物たちは
- 1-04 あなたは自然にいくら払いますか
第2章
ほどほどに「乱される」ことでつながる命
- 2-01 「田んぼ」は、ほんものの自然じゃない?
- 2-02 農作業の攪乱を巧みに利用する生きものたち
- 2-03 湿地としての田んぼの価値
- 2-04 マガンの越冬地、フナの産卵場所にもなる田んぼ
- 2-05 ダルマガエルの棲む水田
- 2-06 ハス田と人の手が守った生物多様性
- 2-07 勢力を拡大するツルヨシは劣化する河川環境の象徴か?
- 2-08 連続的に変化する川を捉える
- 2-09 イリ川のデルタ湿地帯は、なぜ塩害を免れているのか
- 2-10 淀川のシンボルフィッシュの復活にかける
- 2-11 モリアオガエルはどこにいる?
- 2-12 台風で破壊された森はどう再生されるべきか
- 2-13 保護が招く自然のツツジ群落の衰退
- 2-14 「安定が大敵」の砂浜の植物
- 2-15 ウロは哺乳類、鳥類の貴重なハビタット
- 2-16 糺の森の植生の変遷──アラカシの脅威
第3章
「災い」を「恵み」にかえる賢い適応
- 3-01 湖西の里山景観が現代に贈るメッセージ
- 3-02 豪雪地帯に暮らす里山の知恵
- 3-03 「にほんの里」のイメージと現実
- 3-04 火入れと利用が守る草原の生態系
- 3-05 屋敷林という景観に秘められた先人の知恵
第4章
都市化の影響と最適化のバランス
- 4-01 生態学の視点で都市空間をみつめると
- 4-02 都市にうまく棲みついた鳥たち
- 4-03 エコロジカル・ネットワークの可能性と未来
- 4-04 竹を侵略者にしてしまった日本人の後悔
- 4-05 熱帯雨林の野生動物の塩なめ場とその保全
- 4-06 多様性保全の方向を示唆するシダ植物と微地形の相性
- 4-07 絵図と古文書で読み解く社寺林の秘密
- 4-08 「管理された攪乱」によって保全される日本庭園のコケ植物
- 4-09 階段を上るオオサンショウウオ
- 4-10 みんなで取り組む流域治水〈ソフト編〉
- 4-11 みんなで取り組む流域治水〈賢いハード編〉
第5章
「生きもの目線」の自然再生
- 5-01 都市の自然環境のグランドデザインと生物多様性
- 5-02 都市緑化技術の新しき展開に夢を託す
- 5-03 自然林を再生する人類の叡智と自然観
- 5-04 自立した森「自然文化園」の挑戦
- 5-05 生きものの聖域「いのちの森」の誕生
- 5-06 都市公園でトリュフを見つけた!
- 5-07 生態系モニタリングにみる驚嘆すべき15 年の変遷
- 5-08 名古屋の自然環境インフラ――努力と成果
第6章
震災復興 生態学からのアプローチ
- 6-01 震災復興の二つの道、「要塞型」と「柳に風型」
- 6-02 東日本大震災の湿地への影響と水鳥
- 6-03 用と美を兼ね備えた白砂青松の景観と大震災
- 6-04 復興へのシンボルとなる被災地の社叢
コラム
生物多様性ってなに?──調査手法と評価方法
- フラクタル
- 環境容量という指標を展開する
- 標識再捕獲法
- GISは「読み書きそろばん」並みの必須ツール
- 宇宙や空から地上を3次元で観測するリモートセンシング
- 安定同位体比でわかる生態系
- ICレコーダーで鳥類を調査すると
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