WAKUWAKUときめきサイエンスシリーズ5
にぎやかな田んぼ イナゴが跳ね、鳥は舞い、魚の泳ぐ小宇宙
内容紹介
日本の原風景の田んぼは、たくさんの生きものを育んできた。
人が、水と生きものに親しむ空間でもあった。
日本人の心と文化の基盤そのものだった。
その田んぼを人は生きものがすめなくした。
それは日本人の健康と安全だけでなく、文化をも破壊する行為だった。
このことに、なぜ気づかなかったのだろう。
本書は4章で構成しています。章の中の各節は独立した読み物ですが、「田んぼとはなにか」を知りたい方は1・2章から読み進めることで、より田んぼについての理解を深めることができます。
第1章 知っていますか?田んぼのこと
第1章のテーマは、「田んぼはどういうところか」です。生きものと人の視点から概説し、両者の接点としての生態系サービスを考えます。次に日本の田んぼと米づくりの歴史をふり返り、2章からの展開にあわせて、人と生きものがにぎわう田んぼの課題について整理します。
第2章 100年先も「米づくり」をつづけるために
第2章では、米づくりの場としての田んぼにとって重要な栽培、灌漑、土について現状と課題を整理します。
第3章 いのちが飛びかう田んぼの秘密
第3章は生きものの章で、これまで顧みられなかった微小な生きもの、イトミミズ、昆虫、鳥、植物、魚、カエルについて、最新の研究成果を紹介します。
第4章 人がかかわってこそ田んぼは守られる
最後の第4章では、「人にとっての田んぼの意味」──田んぼ周辺とのつながり、消費者意識、農家の取り組み、気候変動への対応、農村集落の持続性、イノベーションによる新しい地域づくりなどを取りあげます。
編者挨拶
編者紹介
夏原由博 なつはら・よしひろ/名古屋大学大学院環境学研究科 教授
京都大学博士(農学)。
研究テーマ:
農村や都市など人が生活する場での生物多様性の保全について研究
著作・論文ほか:
「空間の保全生物学」夏原由博『地球環境と保全生物学』浅島誠・黒岩常祥・小原雄治(編) 岩波書店 2010. Natuhara, Y. 2013. Ecosystem services by paddy fields as substitutes of natural wetlands in Japan. Ecological Engineering 56: 97-106.
「はじめに」から抜粋
赤とんぼがいなくなる。そんな兆きざしがあらわれている。トノサマガエルやメダカは、すでに絶滅危惧種とされてしまった。長く田んぼで暮らしてきた生きものたちだ。
日本の田んぼは、5,000種を超える生きものに生きる場所を提供してきた。田んぼが支えてきたのは、生きものだけではない。雨水を貯えることで下流の洪水を緩和し、あるいはうつくしい景観を提供するなど、多面的な機能をそなえる。その経済効果は年間8兆円に達するともいわれている。
生きものたちが田んぼから失われつつあることは、人間社会の未来への警告でもある。赤とんぼが減少している原因は、「環境に優しいから」と使われはじめた農薬が、卵からかえったばかりのヤゴには優しくなかったことが原因だ。圃場整備にともなう冬期の乾田化も、産卵場所の減少や越冬卵の死滅を招いている。生産の拡大と環境保全のジレンマという日本の農業の古くからの課題の象徴であるともいえる。
田んぼと農村は、食料を生産するだけの場所ではない。人が生まれ育ち、暮らす場所でもある。食料自給率の低下とともに寂れてよいというものではない。田んぼの生きものたちは、たとえ経済的な価値を産まなくても、地域をささえる役割を発揮している。
農業は食料生産を担う産業であり、農家の経営が成りたたなければならない。大規模化、効率化は必須であろう。しかし、畦のない田んぼやコンクリート張りの深い水路は、生きものの生きる場所を奪う。近代化した田んぼも、生きものたちに配慮することは可能であるはずだ。田んぼは工場ではない。田んぼ自体が生態系の一部である。周辺の生態系と調和した工夫が必要であり、地域と田んぼの生態系についての詳しい知識が蓄積されなければならない。本書は、その一助となることを願っている。
目次
第1章
知っていますか? 田んぼのこと
- 1-01 田んぼのなかまは個性派ぞろい
──生きものたちの暮らしとつながり - 1-02 生物の「多様性」ってなに?
どんなふうにはかるの? - 1-03 お米はこうしてつくられる
- 1-04 日本の稲作の変遷略史
──日本の自然と原風景をつくってきた水田の価値 - 1-05 ところちがえば、田んぼもさまざま
- 1-06 生態系サービスの機能と危機
- 1-07 いま、田んぼではなにが起こっているのか
第2章
100年先も「米づくり」をつづけるために
- 2-01 日本の米づくり今昔
──競争力ある米づくりと環境保全とのバランス - 2-02 日本の大地をつくり、文化をささえてきた灌漑
- 2-03 田んぼという巨大なダム
──多量の水を湛える水田の豊かな機能と役割 - 2-04 田んぼの土づくりの主役は、
酸素を利用しない嫌気性の微生物
第3章
いのちが飛びかう田んぼの秘密
- 総論 田んぼの生物多様性の見方・見え方の多様性
- 3-01 探せば探すだけ、新種が見つかる!
- 3-02 イトミミズのはたらきを手がかりに
──有機栽培の田んぼの土に注目すると…… - 3-03 水生生物のいのちの連鎖の鍵を握る水
──ふゆみず田んぼと湿田の特徴 - 3-04 水鳥の目を通して見る田んぼ
──環境保全型農業の可能性をさぐる - 3-05 攪乱に適応し生き延びてきた田んぼと
その周辺の植物たち - 3-06 ラオスの農村で実感!「魚が躍る田んぼ」に
秘められた可能性 - 3-07 オタマジャクシが田んぼの生態系を変える?
第4章
人がかかわってこそ、田んぼは守られる
- 総論 私たちは、どのように田んぼを守ればよいのだろうか
- 4-01 ランドスケープを読み解く
- 4-02 得体のしれない生態系。
保全効果の不確実性にどこまで迫れるか - 4-03 田んぼで生きものを保全する
- 4-04 「品種の多様性」に注目し、
気候変動の脅威から日本の農業を守る - 4-05 「環境アイコン」をシンボルに
──田んぼの生きものと農村を元気づけよう - 4-06 〈あるがまま〉の自然と〈使いながらまもる〉自然
──生態系サービスと地域づくり